ヨコハマの歴史はADVANそのもの

 タイヤメーカーの歴史ヨコハマ篇です。いろんな切り口でタイヤを考える日々、それでも大好きなのはスポーツタイヤです。若かりし頃、レースシーンでADVANカラーのマシンに刺激を受け、それから相応の年月に渡りヨコハマのスポーツタイヤに拘りを持ちました。今そういうのって少ないのかなぁ・・ 残念だけれどメーカーの方向性がそうさせている。

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 本題に入る前に親父の昔話を少し。当時FCのRX-7に装着していたタイヤはもの凄く拘りました。まずヨコハマ「ADVAN HF type D」はいかにもの超スポーツタイヤ。先進的な非対称パターンを採用しており、装着しただけで速くなった気持ちにさせる。次「ADVAN GLOBA」、「HF type D」がそろそろ限界、そしてウェット性能をもっと高めたいことから迷わずに選択。

 クルマはスープラ(80型)へ。今度もやはりヨコハマで行く。「GRAND PRIX M5」はこれまでよりもプレミアムに振ったタイヤ、それでもグリップ重視は変わらず。いずれもドライグリップには大満足、反面ノイズは大きい。でも気にしない。

 この頃ヨコハマ=スポーツ、が私の中で完全完成しており、現在の環境性能へ長けたメーカーになるなど想像出来なかった。きっかけは1998年に登場した「DNA」シリースかと。当時はエコが叫ばれ始めた頃です。その後エコタイヤが主役になるまでそう時間は掛からない。

 入れ替わるようにスポーツタイヤは暗黒時代に向います。時はバブル後でありクルマの低燃費化が顕著に進み、当然ながらタイヤも沿うことに。エコタイヤは低燃費タイヤへと厳格化されスポーツタイヤは居場所が無い。

 厳しい時に耐え、ようやくその呪縛から開放、待ってましたの勢いで飛躍的に主張を高めたのがこの2、3年では。スポーツタイヤがフラッグシップとして復活する展開は、ドライグリップの絶対的な向上がタイヤにおける基本形、を強固にアピールします。

 ということで、ヨコハマの歴史は「DNA」から低燃費シリーズ「BluEarth」へ、が本筋ではない。そう「ADVAN」の歴史そのものにあるんです・・ ヨコハマの沿革 そして目指すところ へ続きます。

ヨコハマの沿革 そして目指すところ
タイヤメーカーの歴史

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